大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

岡山地方裁判所 平成6年(ワ)284号 判決

原告

堀口節子

被告

東條倫博

主文

一  被告は、原告に対し、金六八三万一八一五円及び内金六二三万一八一五円に対する平成二年一〇月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の負担とし、その余は、被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金八三九万六二四一一円及び内金七七九万六二四二円に対する平成二年一〇月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件交通事故(本件事故)の発生

(一) 日時 平成二年一〇月四日午後五時二九分ころ

(二) 場所 岡山県玉野市日比一丁目二番四七号先国道(本件国道)上

(三) 加害車 普通乗用自動車(岡五七ひ八〇一、被告車)

(四) 運転者 被告

(五) 被害車 自転車(原告車)

(六) 被害者 原告

(七) 事故態様

被告は、被告車を運転して、片側一車線の本件国道を日比郵便局方向からマツヤデンキ玉野店(当時の被告の勤務先)に向かつて進行していた。原告は、マツヤデンキ玉野店の前にある自宅兼店舗から原告車(中学生用の自転車)を運転して、車道を日比郵便局方向に向かい進行して、本件事故現場の交差点(信号機や横断歩道はない。本件交差点)に至り、反対側に渡るため、左右を見たが、被告車が未だ現場から一五〇メートル離れた日比郵便局前にいたため、十分横断することが可能と判断して、原告車に乗つて横断を開始した。

ところが、被告が制限速度である時速四〇キロメートルをはるかに超過する時速約七〇キロメートルで進行して来たため、原告は危険を感じて、本件国道中央で停止したが、被告は、そのまま進行して来て、原告と衝突した。

2  責任原因

本件事故は、被告が、前方不注視で、かつ速度違反の走行をしたため、原告の発見及び急制動による停止が遅れた過失により、発生したものである。また、被告は、被告車の保有者である。

従つて、被告は、民法七〇九条または自賠法三条に基づき、原告が被つた損害を賠償する義務がある。

3  原告の受傷と治療内容

原告は、本件事故により、外傷性脳挫傷、外傷性クモ膜下出血、頭蓋底骨折、右顔面挫滅、左鎖骨骨折等の傷害を受け、次のとおり、玉野市内の松田病院に入通院した。

入院期間 平成二年一〇月四日から平成三年七月六日(入院実日数二七六日)

通院期間 平成三年七月七日から平成五年八月三一日(通院実日数二五二日)(症状固定日まで)

平成五年九月一日から平成六年一月三一日(通院実日数二七日)(症状固定日以降)

4  損害

(一) 治療費 八四万八一九〇円

(1) 治療費 二万九一九〇円(原告が立て替え支払つた分)

(2) 個室使用料 七九万五〇〇〇円

原告は、入院の全期間個室を利用し、差額日額を負担したので、これを請求する。

三〇〇〇円(日額)×二六五日=七九万五〇〇〇円

(3) 回復室使用料 二万四〇〇〇円

二〇〇〇円(日額)×一一一日=二万四〇〇〇円

(二) 付添看護費 八四万八八二一円

原告の娘である堀志信(三友不動産株式会社勤務)が八〇日間(平成二年一〇月五日から平成三年五月三一日)付添看護のため休業したことによる給与(五六万一五四一円)と賞与(平成二年冬期一七万七四九八円と平成三年夏期一〇万九七八二円)の減収分

(三) 入院雑費 三五万八八〇〇円

一三〇〇円(日額)×二七六日=三五万八八〇〇円

(四) 通院交通費 六一万三八九〇円

バス代 七万六八八〇円(娘が夜間付添いのため往復した交通費を含む)

タクシー代 五三万七〇一〇円(入院期間中の付添家族分一九万九九三〇円、退院後症状固定日まで三一万七七九〇円、症状固定日以降一万九二九〇円)

(五) 休業損害 二六四万四二〇〇円

原告は、本件事故当時、原告の夫の実家(日比藤本精肉店)を手伝い、かつ主婦業をしていた。そこで、原告の一か月当たりの収入を二〇万三四〇〇円(五四歳女子平均賃金センサス)、休業期間を入院実日数二七六日の全期間と通院実日数二五二日の半分の期間の合計一三か月とすると、休業損害は二六四万四二〇〇円となる。

二〇万三四〇〇円×一三か月=二六四万四二〇〇円

(六) 後遺障害による逸失利益 三三万三二九一円

原告は、自賠責保険の後遺障害等級一四級に該当する後遺障害を残し、現在でも頭痛、頸部痛、めまい、耳鳴り、上下肢痺れに悩まされている。そこで、労働能力喪失率を五パーセント、労働能力喪失期間を三年とし、これに対応する新ホフマン係数二・七三一を用いると、後遺障害による逸失利益は三三万三二九一円となる。

二〇万三四〇〇円×一二か月×〇・〇五×二・七三一=三三万三二九一円

(七) 慰謝料 四四五万円

(1) 傷害慰謝料 三五〇万円

(2) 後遺障害慰謝料 九五万円

(八) 人身損害額合計 一〇〇九万七一九二円

(九) 既払金 二三一万〇九五〇円

全労災から休業損害一三〇万七二〇〇円と付添看護費二五万三七五〇円、被害者請求分として後遺障害七五万円

(一〇) 人身請求額合計(弁護士費用を除く) 七七八万六二四二円

(一一) 物損 一万円

原告車の全損による損害

(一二) 人身と物損の損害合計 七七九万六二四二円

(一三) 弁護士費用 六〇万円

5  まとめ

よつて、原告は、被告に対し、前記2の責任原因に基づく損害賠償請求として、八三九万六二四二円及び内金七七九万六二四二円に対する本件事故日である平成二年一〇月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認容

1  請求原因1の事実中、(一)ないし(六)の各事実は認める。

同1(七)の事実中、原告が本件国道上を原告車に乗つて横断中、直進して来た被告車が衝突したことは認める。被告車の速度は否認する(被告車の速度は時速約五五キロメートルである)。本件事故直前の原告の行動は不知。

2  同2及び3の各事実は認める。

3  同4の事実中、(一)(3)と(九)は認め、その余は不知ないし争う。

三  抗弁(過失相殺)

本件事故については、原告にも、国道という幹線道路を横断するについて、左右の安全を確認することなく、被告車の直前を横断したものであつて、重大な過失がある。

四  抗弁に対する認容

抗弁は争う。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1の事実(本件事故の発生)は、同(七)の事実を除いて、当事者間に争いがない。

二  請求原因1(七)(本件事故の態様)について

1  請求原因1(七)の事実中、本件事故の態様が、原告が本件国道上を原告車(自転車)に乗つて横断中、直進して来た被告車(自動車)と衝突したものであることは、当事者間に争いがない。

2  前記1の事実に加え、証拠(甲一ないし五、一〇、乙一、原告・被告(一部)各本人)及び弁論の全趣旨を総合して、当裁判所が認定した本件事故の態様は、次のとおりである。

本件事故現場は、玉野市内の市街地を東西に走る、片側一車線で車道部分の幅員が六・二メートルで、その南北両側に沿つて歩道がある国道四三〇号線(本件国道)上で、南側と北側それぞれの方向から来る道幅二ないし三メートル程度の道路(狭路)が本件国道へ接続しているため、交差点(本件交差点)となつている。本件交差点の約二〇メートル西側には、押しボタン式の信号機の備わつた横断歩道が存在するが、本件交差点は、信号機による交通整理が行われておらず、交差点入口北側には、一時停止規制があるものの、入口南側には右規制はなされていない。本件国道の制限速度は時速四〇キロメートルで、本件事故当時の交通量は普通程度であり、現場付近の見通しは良く、少なくとも前方一〇〇メートルまでは見通せる状況であつた。本件交差点の南北の前記各狭路は、生活道路として市民が利用しており、右道路を通行する者は、前記横断歩道を利用せず、近道の本件交差点を横断することが通常行われていた。

原告は、本件事故現場の約五〇ないし六〇メートル東の地点にあるマツヤデンキ玉野店(被告の当時の勤務先)の向い側(南側)にある自宅兼店舗から原告車(中学生用の自転車)を運転して、本件国道の南側の歩道上を日比郵便局方面(西)に向かつて進行し、本件交差点に至り、反対側に渡るため一旦停止して、原告車の左側に降り立つた。そして、原告は、左右の安全を確認したところ、被告車が目測約一五〇メートル西側付近を東に向けて進行中であることを認めた。そこで、原告は、十分横断することが可能と判断して、原告車に乗つて、ペダルを二、三歩踏んで、本件国道の南から北への横断を開始した。

他方、被告は、被告車を運転して、本件国道を日比郵便局方向(西)からマツヤデンキ玉野店(東)に向かつて、少なくとも時速六〇キロメートル程度の高速で走行していたが、本件交差点の手前約二〇メートルの地点にある本件国道北側の玉野信用金庫日比支店の前に集まつていた人等の方を脇見し、前方注視を怠つたため、前記横断歩道の少し手前の位置(本件交差点からは二〇数メートル西側の地点)に至つて初めて、本件国道を横断開始した原告車を発見した。被告は、危険を感じて、急ブレーキを掛けるとともに、ハンドルを左に切つた(なお、被告は、クラクシヨンを鳴らしていない。)。

原告は、前記のように、ペダルを二、三歩踏んだ時点で、自己の左側身近に被告車の大きなブレーキ音を聞いて驚愕し、咄嗟に原告車を降り、立ちすくんで硬直状態に陥つた。その直後、被告は、被告車の急ブレーキが間に合わないまま、被告車右側前部を、原告の左側面に衝突させ、原告及び原告車を跳ね飛ばした。

3  なお、被告車の速度については、本件現場に残されていたスリツプ痕の長さ(約二一メートル)や、原告が横断前の最初に被告車を確認した際の両者の位置関係、その後の原告及び被告の動静、本件事故時の状況等に照らして考えると、本件事故当時、被告車の速度は、少なくとも時速六〇キロメートルは出ていたものと認めるのが相当である。また、被告本人の供述中、前記2の認定に反するその余の部分は、他の証拠(乙一、原告本人)に照らして、採用することができない。

三  請求原因2(責任原因)について

請求原因2の事実は、当事者間に争いがない。

そうすると、被告は、民法七〇九条に基づき、本件事故により原告が被つた損害(人身・物損を含む)を賠償する義務がある。

四  請求原因3(原告の受傷と治療内容)について

請求原因3の事実は、当事者間に争いがない。

五  請求原因4(損害)について

1  治療費(認容額合計八四万八一九〇円)

(一)  治療費 二万九一九〇円

証拠(甲一一の一ないし八、原告本人)によれば、原告は、本件事故の治療費(松田病院及び川崎医科大学附属川崎病院)のうち、合計二万九一九〇円の費用を立て替えて支払つていることが認められるから、右金額を損害と認める。

(二)  個室使用料 七九万五〇〇〇円

前記四の事実に加え、証拠(甲九、一七、一八、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故により、脳の損傷を伴う重傷を負い、一二日間は全く動けず、二度生死の境をさまよう程、その症状は重篤であつたこと、身体を動かすことができなかつたのは、二か月程度であつたものの、その後も頭痛が絶え間なくあるなどの症状が継続したため、後記(三)の回復室使用期間を除いた残りの入院期間である二六五日間、個室を使用したが、右使用は、医師の指示に基づくものであつたこと、原告は、右個室使用の差額日額(三〇〇〇円ずつ)を負担したことが認められる。右事実によると、原告の個室使用は、医師の指示による必要かつ相当なものであつたといえるので、その全使用料を損害と認める。

三〇〇〇円(日額)×二六五日=七九万五〇〇〇円

(三)  回復室使用料 二万四〇〇〇円

当事者間に争いがない。

2  付添看護費(認容額八四万八八二一円)

前記1(二)の認定事実に加え、証拠(甲六ないし八、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告の入院初期の症状は重篤であつたところ、原告の娘堀志信(三友不動産株式会社勤務)が平成二年一〇月五日から平成三年五月三一日までの間の八〇日間、右勤務先を欠勤し、原告の付添看護をなしたこと、そのため、給与につき五六万一五四一円、賞与につき平成二年冬期分一七万七四九八円、平成三年夏期分一〇万九七八二円の合計八四万八八二一円が減額されたことか認められる。右事実によると、原告の娘による八〇日間の付添看護は必要かつ相当であり、その間の同人の収入喪失分(休業損害)を本件事故と相当因果関係にある付添看護費用と認めるのが相当である。

3  入院雑費(認容額三五万八八〇〇円)

前記四によれば、原告の入院期間は二七六日であるから、一日の入院雑費を一三〇〇円とすると、三五万八八〇〇円を損害と認める。

一三〇〇円(日額)×二七六日=三五万八八〇〇円

4  通院交通費(認容額六〇万七〇一〇円)

(一)  タクシー代 五三万七〇一〇円

前記四の事実に加え、証拠(甲一二の一ないし四一、甲一三、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、平成二年一〇月四日から平成三年七月六日までの原告の入院期間中、原告の娘が、前記2の付添看護のための自宅と病院間の往復(特に夜間)に、また、一部、遠隔地の原告の親族が見舞いのために、タクシーを利用した料金が合計一九万九九三〇円、原告が退院後症状固定日までの同月七日から平成五年八月三一日までの間、通院のためにタクシーを利用した料金が合計三〇万九九四〇円、症状固定後の五か月間、後記の後遺症の症状緩和目的の通院のためにタクシーを利用した料金が合計二万七一四〇円であることが認められる。右事実によると、右タクシー利用は、いずれも、必要かつ相当な範囲内と認められる(なお、後記原告の後遺症の内容・程度に鑑みると、症状固定後五か月程度の治療及びそのための交通費も必要かつ相当なものと認める)ので、その合計五三万七〇一〇円を損害と認める。

(二)  バス代 七万円

また、証拠(甲一四、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告の娘は、原告の入院期間中、付添看護のため自宅と病院間の往復にバスも利用し、その際、回数券を使用したところ、裏付のある回数券の金額は、二〇〇〇円が二六冊(五万二〇〇〇円)、一六〇〇円が八冊(一万一一八〇〇円)、一三〇〇円が四冊(五二〇〇円)の合計七万円であることが認められる。右事実によると、バス代七万円も損害と認める。

5  休業損害(認容額二六四万四二〇〇円)

前記四の事実に加え、証拠(甲九、一五、甲一六の一、二、原告本人)によれば、原告は、本件事故当時、五四歳の健康な女性で、原告の夫の家業(日比藤本精肉店)を手伝い、かつ主婦業をしていたこと、原告の入通院期間は、前記四のとおりであり、症状が固定したのが平成五年八月三一日で、主婦業ができるようになつたのは、そのころからであることが認められる。そこで、原告の一か月当たりの収入につき、賃金センサス平成二年第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計の五〇ないし五四歳の女子労働者に「きまつて支給する現金給与額」一九万六三〇〇円と、同表産業計・企業規模計・小学・新中卒の五〇ないし五四歳の女子労働者の年収額二四六万七八〇〇円(賞与その他特別給与額も含む)を一二で除して求めた月収の金額である二〇万五六五〇円の範囲内の数値で、原告が「五四歳女子平均賃金センサス」として主張する「二〇万三四〇〇円」を採用し、休業期間ないし労働能力喪失の割合を、入院実日数二七六日(九か月)については一〇割、通院実日数二五二日間(八か月)については五割とすると、本件事故と相当因果関係にある休業損害は少なくとも二六四万四二〇〇円とするのが相当である。

(二〇万三四〇〇円×九か月)+(二〇万三四〇〇円×八か月)×〇・五=二六四万四二〇〇円

6  後遺障害による逸失利益(認容額三三万三二九一円)

証拠(甲九、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告の症状は平成五年八月三一日に固定したが、自賠責保険の後遺障害等級一四級一〇号に該当する後遺障害を残し、現在でも頭痛、頸部痛、めまい、耳鳴り、上下肢痺れ等の症状が残存していることが認められる。右のような原告の後遺症の内容・程度等に鑑みると、労働能力喪失率を五パーセント、労働能力喪失期間を症状固定時から三年とするのが相当であり、右三年に対応する新ホフマン係数二・七三一を用いると、原告の後遺障害による逸失利益は三三万三二九一円と認める。

二〇万三四〇〇円×一二か月×〇・〇五×二・七三一=三三万三二九一円(円未満切捨て)

7  慰謝料(認容額合計四四〇万円)

(一)  傷害慰謝料 三五〇万円

前記四と五2で認定したように、原告は本件事故により脳の損傷を中心とした瀕死の重症を負い、二度も生死が危ぶまれる容体に陥る程、その症状は重篤であつたこと、その他原告の入通院期間等の事情を考慮すると、入通院慰謝料としては、通常よりは相当の増額事由が認められるというべきであつて、入通院慰謝料額は三五〇万円とするのが相当である。

(二)  後遺障害慰謝料 九〇万円

前記6で認定した原告の後遺障害の内容・程度等に鑑みると、原告の後遺障害慰謝料は九〇万円とするのが相当である。

8  物損(認容額一万円)

証拠(原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、本件事故により原告車が相当の損傷を受け、その修理費用は一万円程度要することが認められる。右事実によると、物損は一万円とするのが相当である。

9  損害合計

前記1ないし7の人身損害の合計は一〇〇四万〇三一二円で、その他に同8の物損一万円がある。

六  抗弁(過失相殺)について

1  原告・被告の過失

前記二2で認定した本件事故の態様によると、まず、被告には、生活道路等も交差して接続しており、人や自転車の通行・横断も十分予想される本件国道を走行するに際して、その制限速度時速四〇キロメートルを少なくとも二〇キロメートル超えた時速六〇キロメートルの高速で被告車を運転し、しかも、本件事故直前には、道路脇左前方の方を脇見して、前方注視義務を怠つていた点に、基本的注意義務の違反があり、重大な過失が認められる。

他方、原告にも、当時車両の通行量が普通程度は存在した幹線道路たる本件国道を、付近の横断歩道(押しボタン式信号付)でなく、近道となる本件交差点を横断するにあたつては、本件交差点に向けて走行して来る車両の動静には十分注意を払う義務があるというべきところ、原告は、一旦停止の上、左右の安全確認をした際、左方から来る被告車を発見し、十分横断可能と判断し、横断を開始したが、被告車の接近が予想より早く、本件事故に至つたことからして、被告車の動静に対する注意が不十分な点があつたといわざるを得ず、この点につき過失が認められる。

2  過失割合

本件事故は、基本的には、前記1で認定した被告の速度超過、前方不注視により発生したものであるというべきであつて、その過失は重大であるが、原告の被告車の動静に対する注意が今少し十分であれば、本件事故を回避できたことも否定できない。

そこで、右両者の過失の内容・程度、本件現場を巡る交通状況、自動車運転者と自転車運転者の関係、本件事故の態様等、前記二で認定した一切の事情を勘案すると、本件事故の原因となつた過失割合は、原告が一割五分、被告が八割五分とするのが相当である。

3  そうすると、前記五9の人身損害の合計金額一〇〇四万〇三一二円を過失相殺により一割五分の減額を行うと、八五三万四二六五円(円未満切捨て)、物損一万円も一割五分の減額を行うと、八五〇〇円となる。

七  損害の填補と弁護士費用等

1  原告に対する人身損害の既払金の合計が二三一万〇九五〇円であることは、当事者間に争いがない。

そこで、前記六3の人身損害の金額から右填補分を控除すると、六二二万三三一五円となり、これに物損分を加えると、原告が請求できる損害額は六二三万一八一五円となる。

2  弁護士費用(認容額六〇万円)

本件事案の内容、審理経過、認容額等に鑑みると、被告に賠償させるべき本件事故と相当因果関係にある弁護士費用は六〇万円と認める。

八  むすび

よつて、原告の請求は、前記七の1と2の損害合計六八三万一八一五円及び内金六二三万一八一五円に対する本件事故日である平成二年一〇月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 德岡由美子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例